李篤恭

Lǐ Dǔgōng
李篤恭
り・とくきょう

(1929~ )

李篤恭小伝:

 1929年彰化市に生まれる。両親と共に彰化一帯の抗日、文化啓蒙運動の志士たちと往来する。終戦前は台中第一中学校 初等部2年。戦後、復学。日本語教育から改められた中国語教育を学ぶ。1949年台湾師範大学英語学部に入学する。同時に肺病であることがわかり、学業、病気を闘うこと数年、1954年に師範大学を卒業した。相次いで、金華上司中学校、基隆中学校、彰化 中学商業職業科、彰化女子中学校、景美女子中学校、中正高等学校で英語教師を勤めた。1985年、自ら教職を退き、故郷の彰化市に戻って渓学会の準備と創設に携わる。
 日本語から中国語、そして詩から小説に至るまで彼のオリジナリティーは気高くそびえ立ち、台湾文学の怪人と呼ぶにふさわしい。小説集には『賽跑』『跋涉幾星霜』があり、詩集には『再彷徨』『彷徨在荒原』がある。

(『台湾作家全集・短編小説巻/戦後第一代 李篤恭集』前衛出版社 1991

著書

『台湾作家全集・短編小説巻/戦後第一代 李篤恭集』前衛出版社 1991.7

 
作成:廣瀬文子

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