殷夫

Yīn Fū
殷夫
いん・ふ

(1909.6.22~1931.2.7)

殷夫小伝

 本名、徐祖華、ペンネーム白莽。浙江象山の人。「左聯」五烈士の一人。幼年より学問を好む。15歳のとき、「放脚時代的足印」などの詩を書いている。初期の詩作は旧社会に対する憎悪を表現しているが、感傷的な情緒も帯びている。
 1922年に上海へ。澄衷、民立、浦東中学および同済大学に学ぶ。1927年革命活動に参加し、逮捕される。1928年「太陽社」に加入。1929年、学校を離れ、青年団で専従として活動。団中央の機関誌『列寧青年』の編集を担当、中国共産党党員となる。この数年間に、感動的な政治抒情詩を大量に書いているが、真摯で格調高く、強烈な戦闘性を備えている。1930年、「左翼作家聯盟」に加入。『萌芽』『拓荒者』『巴爾底山』などの「左聯」の刊行物に詩を精力的に発表し、わずかだが小説や随筆も書き、ベテーフィらの詩やレーニンの著作を翻訳した。
 1931年2月7日国民党当局によって、上海龍華にて秘密裏に殺害される。享年わずか22歳。その多くの詩の原稿は政府に持ち去られて失われたが、生前の詩作は『孩兒塔』『伏爾加的黒浪』『百零七個』にまとめられたが、出版には至らなかった。1949年以降に『殷夫選集』が開明書店から出版されている。

(王増如『中国現代作家大辞典』新世界出版社 1992)

著書
 
研究資料
 
作成:青野繁治

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