竹林

Zhú Lín
竹 林
ちくりん

(1949 - )

竹林自伝:

 1949年上海に生まれる。1968年上海市西中学高級中学部を卒業。1969年安徽省鳳陽県の人民公社生産隊に入隊・定住し、1974年上海に戻り、最初町内で働いた。1975年上海少年児童出版社に編集者として入る。1979年上海市文聯に転属となり、文聯所属の<上海文学>編集部で編集者になる。1980年中国作協創設の全国文学講習所で第5期生として学び、年末卒業後上海郊外の農村に入り生活し、創作し今に至る。
 私は、幼いころから読書、文学を愛したが、家庭の暖かみを欠いていた。以後も、生活の不遇をたっぷり経験し、話すことや交際することが下手で、幻想と独立思考を愛する性格ができあがった。文学創作が私に思索と想像の天地を与えた。知識青年の生活を反映した長編小説『生活の路』は私が生活の路を歩み始めた最初の作品である。しかし最も多くの時間と苦労を要した作品であり、そのうえ、作品の出版のために又小説の創作そのものよりも更に多くの時間と精力を費やした。以後の作品は、題材内容、表現手法と藝術風格上を問わず、私が文学創作の過程で、意識して追求し、探索した痕跡を帯びだした。

心の呼びかけ

 私は高爾基の「文学は人学である」という言葉に賛成である。文学作品は人を書くのであり、人と人との間の感情を書くのである。文学作品は人と人との間の感情の描写を通して、人類社会の中の、美と醜、善と悪、真と偽を反映する。それから、私は我が民族の伝統である現実主義の手法を用い、私が知るところの生活という小さな角度から、私達の社会をできるかぎり如実に反映したいと思う。自分の経験、知識、そして視野の制限によって、私は我々民族と社会の少しばかりの実情を反映できるだけである。しかし、私は決して偽りを書いたりはしない。
 文学作品は、人の心の叫びであり、また時代の産物でもある。文学作品は時代の先端に立ち、歴史の発展を促進せねばならず、その逆であってはならない。そして、文学創作は単なる職業あるいは手芸とみなされてはならない。時代の要求と希望でなければならない。我々の古く久しい伝統によって、封建社会の長期にわたる超安定性が、人々の心の奥深くに超安定的なダムを築き、我々の社会の進歩に数々の障害と困難をもたらした。したがって我々の文学創作の思想的任務は、現在もそして予見できる将来においても、同じ領域内の封建主義との闘争でなければならない。そして、私の作品は大多数がこの主題に基いている。
 藝術的には、私はストーリー性を重視せず、始終人を書き情を書く手法を追求し、江南の水郷地帯の清新、秀麗、細緻、叙情の格調性を体現しようとした。

(『中国当代作家百人傳』求実出版社1989)

作品目録

『生活的路』長編小説 人民文学出版社 1978年
『小迷糊清暇』幼児読物 山東人民出版社出版 1979年
『夜明珠』児童文学 湖南人民出版社出版 1982年
『地獄与天堂』中編小説 河南人民出版社出版 1984年
『蛇枕頭花』短編小説 江蘇人民出版社出版 1984年
『苦煉樹』長編小説 湖南人民出版社出版 1985年
『女巫』長編小説 人民文学出版社 1993.4/9.55元
『女性――人』長編小説 人民文学出版社 1993.11/8.80元

作成:千種康裕

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