鮑十

BàoShí
鮑十
ほう・じゅう

 (1959- )

鮑十小伝

1959年、黒龍江省肇東県の農村の生まれ。黒龍江省藝術学校でシナリオを学ぶ。卒業後も学校に留まり教鞭を執る。現在、ハルピン市文聯文学創作所勤務。近年は小説創作に従事、長編小説『起死回生』をはじめ、短篇・中篇小説作品も手がけている。

作品集

『我的父親母親』 中国文聯出版社 1999.10/16.00元

初恋の来た道

原題 『我的父親母親』、原作は鮑十の『記念』という作品。彼は1959年生まれの中国人作家である。『記念』という短編には、駱校長と連れ合いの田招弟夫婦の生活をつづり、駱校長が校舎改築に奔走して心臓病で死ぬまでを描いただけで、その青春はまったく出てこない。98年6月に張芸謀は『あの子を探して』のロケ地河北省赤城県で鮑十と6日間論議を交わし、世紀末恋愛絶唱ともいうべき初恋物語にすることを決め、題名も「我的父親母親」と決めたのであった。製作意図を「価値観、愛情観が浮薄になっている社会現象への意識的な挑戦」「真情、真愛を拒絶する世紀末に歌い上げる愛情挽歌」とし、作品はできあがったのである。これは初恋のロマン性を追及しつつ、現代が示すように父と母への追慕の映画でもある。母が少女だったころ、愛を知りそめたういういしさ、ひたむきさを色彩で追想し、父が死に悲しみにくれる母の現実をモノクロでとらえる。この二重構成によって、青春と老年とを重ねあわせ、父の死からつむぎだされる母の愛を歌い上げていくのだ。(キネマ旬報2000年1月号)

ストーリー(VCDの説明より)

モノクロームで映し出された田舎の雪道を走るランドローバー。都会でビジネスマンとして働いているルオ・ユーシェン(スン・ホンレイ)は、村長から父の急死の連絡を受け、数年ぶりに故郷、三合屯(サンヘチュン)へと帰って来る。長年、村で教師をしていた父は、新校舎建設のために心臓病をおして金策に走り回り、吹雪の中で命つきたのだった。悲嘆に暮れる母は、古ぼけた校舎の前で一人佇んでいた。母(チャオ・ユエリン)は、古いしきたり通りに葬式をあげたいと思っていた。町の病院から遺体を担いで村まで運び、棺にかける布も自分で織ると言って譲らない。若い者はみな町に行き、村には老人と子供しかいないし、担ぎ手を雇うには金が要る。いくら村長らが車で運ぼうと勧めても、頑固な母は聞こうとしない。ユーシェンは、母が布を織る音を聞き、部屋に飾られた父母の新婚当時の写真を手に取りながら、昔聞いた二人のなれそめを思い出していた。それは、村の語りぐさになった恋の物語である。

邦訳

『初恋のきた道』’99 塩野米松/訳 講談社

発行日: 2000年11月 ISBN: 4-06-330113-3 形態: 165P 20cm 価格: 1,200円

作成:つねみつななほ

 

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