無名氏

Wúmíngshì
無名氏
むめいし

(1917~2002)

小伝

 無名氏、譜名は卜宝南、後に卜乃夫と改名、筆名に卜寧がある。貫籍は江蘇揚州。1917年1月1日南京下関に生まれ、1983年3月に来台、2002年10月12日に世を去る。享年86歳。
 北平俄文専科学校卒業。中央図書雑誌審査委員会幹事、香港『立報』、ジャカルタ『吧城新報』駐重慶特派員、重慶『新蜀報』、貴陽『中央日報』駐西北特派員、重慶『掃蕩報』記者、西安『華北新聞』主筆、上海真善美図書出版公司編集長などを歴任、個人の出版事業として「無名書屋」を経営した。国民政府の来台時には、老年の母親の面倒をみるため、杭州に留まり、後に文化大革命期間に下放労働改造に送られ、30年近く文壇での消息が途絶えていた。来台後は『台湾日報』顧問、『中華日報』特約主筆を歴任、1983年に旧金山中山文化学院名誉教授の称号を得た。中山文藝奨、国家文藝奨、教育部社会教育有功個人奨、華夏一等奨章を受章している。
 無名氏の創作ジャンルは、小説、散文を主とし、報道文学と詩にも及ぶ。1940年代は長篇小説『北極風情画』、『塔裡的女人』で一時名を馳せた。その後15年かけて完成した作品『無名書』全六巻は、散文体小説の筆致を用いて、20世紀初頭の中国インテリ青年の真理を追究する過程を描き、中国の現実政治にこだわらずに、時代の生命の洪水に根差し、大きな文化的角度から、人生と社会の問題を探究し、中国現代「哲理小説」の先駆けとなった。張堂錡はこの『無名書』シリーズを批評して、「意識的に伝統的小説叙事モデルを打破し、哲理、詩、散文、報道を融合させ一体化させた新しい芸術表現を創出した」と述べている。
 散文方面では、無名氏は題材にこだわらず、戦時の情景を直接描き、自分の愛情観や恋愛体験を披歴し、深い真実の観察を通して、人生の経験を書きとめた。報道文学方面では、多く中国における労働改造時期の自身の体験と見聞における悲惨残虐な事実から取材している。自身の境遇を回顧した『海的懲罰』と『走向各各地』のほか、ある論者は、国軍の軍官としての20年の労働改造生活を描いた『紅鯊』をロシア人作家ソルジェニツィンの『収容所群島』に喩えている。詩作方面では、1968年6月から拘留された1年3カ月間の詩作、及び出獄後の作品『獄中詩抄――写在脳紙上的125首詩』が有名で、詩中に共産主義の鉄のカーテンに対する強烈な告発と抗議が深く表現されている。
 その文学的特色と成果を論じて、叢甦曾は「無名氏の文章の最大の特色は、言葉の美しさ、幅広さ、装飾性、隠喩、明喩、諷刺の反復的使用、決まり文句、重複句の用法、象徴的筆法の運用であるが、その文章自身の奔放性流動性は、大河が決壊したかのごとく、一挙に千里をほとばしり、止めようがない」と述べている。また陳思和は『無名書』を「潜在的著作」作品であると見なし、「一部の中国知識分子のユートピアと大同の書であり、潜伏状態で完成させられるのみであるが、中国当代文学史上、潜在的に存在する価値の方向性を代表する」と述べて、その価値を評価した。
 無名氏は生涯文筆活動を続け、若いころ戦争を体験し、文革時期の重苦しい抑圧を体験しても、夜に日をついで、執筆を通じて精神上の永遠を追求し、生命を筆とし、情感を墨として、文学史上に豊かで壮麗な創作の結晶を残したのである。

『無名氏 台湾現当代作家研究資料彙編60』

作品

『塔裡的女人』真善美図書出版公司 1944.10西安1版 1948.10 滬13版 上海書店1988.12/1.80元
   長篇小説 無名叢刊第二種 全6章152頁
『野獣・野獣・野獣』中国新文藝大系参考叢書 中国文聯出版公司 1989.5

研究資料 
『無名氏 台湾現当代作家研究資料彙編60』 国立台湾文学館 2014.12
作成:青野繁治

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