武侠小説

Wǔxiáxiǎoshuō
武侠小説
ぶきょうしょうせつ

  「武侠」という言葉を辞書で調べると、「侠客」と一言書いてあって、例として「武侠小説」が挙がっている。同じ辞書で「武侠小説」の項目を見ると、「主に侠客、義士の行侠丈義の物語を書いた小説」とある。また同じ辞書で「侠客」を調べると「旧時、武芸をたしなみ、義気を重んじ、己をすて人を助ける人を指す」とある。つまり「武侠小説」とは、義理人情にあつい武芸者が自分の命の危険を冒しても人助けをする物語、ということになろうか。日本でいう時代小説のなかで、義理人情の渡世人を主人公とする作品、と言えば、イメージがわきやすいかも知れない。「次郎長三国志」「天保水滸伝」など映画や浪曲・講談などで知られるものも多い。中国では、金庸、古龍など人気作家の作品がこのジャンルに入れられている。

 王海林の説によると、中国の武侠小説は歴史上五回ブームがあったとのことである。第一回目は晩唐時代。唐代伝奇のなかに少なからず侠客を登場させた作品があるという。第二回目のブームは晩清つまり清末で、『三侠五義』の影響下に数多くの武侠小説が出現した。文人の筆記小説も武侠剣客を描いているという。第三回目のブームは20世紀20-40年代である。千を越える作品が出版され、演劇や映画に改編され、登場人物は誰でも知っている存在となっていった、という。第四回目のブームは1950年代で、香港台湾で金庸を中心に武侠小説のブームが巻き起こり、また映画やドラマに改編され、ビデオも発売され、未だにブームが続いている、という。この新しい波は、中国国内に流れ込み、大陸の各種新聞・雑誌に名家の作品が掲載されるようになった。第五回目のブームは1980年代に映画『少林寺』によって触発された中国国内のブームで、通俗文学の雑誌だけでなく、省クラス以上の純文学雑誌でも長篇の武林小説が掲載され、純文学作品をはるかにしのぐ発行部数を誇った、とのことである。

 この王海林氏の説は、武侠小説ブームという視点でのまとめなので、誰がどのように何のために侠客の物語を創作したのかという点で、十分にまとめきれているとは言えない。少なくとも我々は、『三国演義』や『水滸伝』をブームという形でとらえることに違和感をもつが、これらが侠客を描いていることは疑いのないことであろう。ただ確認しておくべきことは、武侠小説は中国の小説史のなかで重要な位置を占めてきたという点である。それは日本の江戸期の戯作文学にも大きな影響を及ぼし馬琴の「南総里見八犬伝」のような作品を生んだ、というのも疑いのない事実であろう。「走江湖」という言葉があるが、武侠小説の背景にそういう「江湖」的な渡世人の義侠心を是とする思想が背景にあること、そういう世界観が中国の人びとの潜在意識のなかにあって、成立する世界である、という点は押さえておいてよい。中国で「文学革命」が叫ばれたとき、北京大学のなかで「文学革命派」の論調に劣勢に立たされていた林紓が「荆生」という小説を書いて、旅の武芸者に北京大学の三人組胡適、陳独秀、銭玄同をモデルとする人物をコテンパンにやっつけさせているが、これも中国的武侠小説の伝統にのっとった作品に他ならないところが、大変興味深い。(青野)

参考文献

『中国武侠小説史略』王海林・著 北岳文藝出版社 1988.10
『偉大的同情 侠文学的主題史研究』王立/著 学林出版社 1999.2

 作成:青野繁治

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